ドシーッ!
一日中ゆるみっぱなしだったテンションがキュキューッと締め上げられました。『Googleマップ』と『Googleローカル』。マップの方はUS版リリースからずいぶん経つのでさほどの驚きはなかったものの(まあ、それでもあたしンちがピンポイントでマーキングされるのには震えましたが)、「ううむ、Googleの技術力でもとりあえずここが限界か……」と思わざるをえなかったのが『Googleローカル』。
いや、技術的には「Ajaxだよブリブリ~」って感じですごいんです。すごいんですけど、現れる情報は極めて一元的。〈うまいラーメン屋〉が検索上位に〈まずいラーメン屋〉が下位に……とソートがかかっているわけじゃない。編集の視点、言い換えれば〈情報の重みづけ〉があるか、というとハテナ印なんですね(被リンク数が表示順位を決める要素なのかもしれませんけど)。
すると、「『iタウンページ』と本質的にどう違うんや?」との疑問が頭をもたげてきます。店名・所在地・電話番号しか提供されないサイトにユーザーは何を求めているのか、と。「現時点では、ここが『Googleローカル』の限界なのかな」と。Googleを日常的に使うユーザーは一定の〈コンピュータリテラシー〉を体得している、との見方もできますが、それでもいくばくかのコンシェルジュ的要素(=情報の重みづけ)があってもいいのでは、と思ってしまうわけです。わかりやすい例を挙げれば『All About』のようなサイトですね。
『Googleローカル』は一私企業が運営しているから、それでも良心的な部類です。反面、「どうしようもないわこれ」と常々思ってるのが、地方自治体(およびそれに類する特殊法人等)が運営する観光情報サイト。税金たっぷり突っ込んだあげく、結局出来上がってくるのは、重みづけのカケラもない見どころ食べどころ情報でしかなかったりします。なにしろ、「特定の企業や商店をことさらとりあげられないタテマエ」がありますからね、お役所には。
〈タウンページに毛の生えた程度のサイト〉を税金で作るなんてムダもいいとこなんですから、この際きっぱりやめなさいって、もう……って誰に言ってるんだか(笑)。
author : カウベルてつこれであなたも“牛通”に! 世界の「牛ニュース」(β版)
このエントリーのトラックバックURL:
http://www.cowbell.jp/cgi-bin/mt_cowbellog/mt-tb.cgi/2326
このリストは、次のエントリーを参照しています: Googleのスゴさと、とりあえずの限界点。:
» こんなことしてるからいつまでたっても・・・トラックバックネタから from 不定期書き物 メモとか・・・
□□県観光情報HP、○○温泉観光協会HP、よくよく考えて閲覧していくとメンバー情報一覧なんですよね。IT技術やホームページを利活用することの意味を勘違いしてい... 続き »
» グーグル、「Google Earth」と連動した地域検索サービスを日本でも提供 from 家式 - 【ネットで探せる住宅情報】
「Googleローカル」 これはすごい!地図とリンクして実在の店舗を探すことができる。 例えば、新宿の不動産会社を探そうと思ったら、 「新宿+不動産」で検索して... 続き »
いやぁ、『Googleマップ』と『Googleローカル』。本日は社内でもこの話題で持ちきりでした。やはり驚異じゃないと言えば嘘になります(苦笑)。
>現れる情報は極めて一元的
…そうそう。ここ、ポイントですよね。現時点では、一般のユーザが、このサービスで情報を比較検討し、満足できるとは思っていません、というか思いたくないです……が、
>被リンク数が表示順位を決める要素
というアルゴリズムが、イコール世の中の声の反映であれば、けっこう驚異ですし、現状でも、
「1000円以下 パスタ ランチ」+「銀座」
なんていう検索がOKなのは、ちょっと興奮します。
こうなると、たしかに編集者の“恣意的な”編集ではないものの、日常生活の情報レベルだと、これでじゅうぶんかも、なんて思ったり。テキストマイニング技術の進化から目が離せません。
そして、問われる、「編集」の価値。
> 「1000円以下 パスタ ランチ」+「銀座」
これってすでに編集ですよね。単語をつまんで検索窓に入力してる行動そのものが。編集者の松岡正剛氏は自著で〈編集と遊びの類似点〉をしばしば指摘していますが、よりマクロに見ると「日々の暮らしが編集そのもの」といえる場面が少なくありません。たとえば、朝の支度とか、通勤時の道順選びとか、料理の準備とか。今の生活者が、それらを〈編集〉と認識することがほとんどないだけで、実は編集なしに正常な日常生活は送れないのですね。
なので、日常生活=編集の集合体と自覚する生活者が増えれば、編集者の資質がより問われる時代になるでしょうね。なにしろ、形式知化された編集メソッドが「メディアリテラシー教育」という名のもと、初等教育段階から行なわれているんですから。体系的にメディアリテラシーを学んだ子どもたちが社会に出る頃には、編集技術なんてものはきっと〈標準仕様のスキル〉となっているに違いありません。いやあ、編集技術でメシ喰ってる人種にとっては、脅威の一言に尽きます。ハイ。
#コメント返しの分量じゃないなあ、この文字数は :-)
posted by: カウベルてつ : Jul 15, 2005 16:37