読めねーよ!
とか
50年後の子どもの境遇考えたれよ!
とか、
地元紙の「誕生しました」欄や「元気でチュ」欄(=赤ちゃん写真の投稿欄)を読みながらツッコミ(という名の私憤?)を入れまくるのが朝の日課になってるワタクシ。いやあ、ほんと読めないですわよ。最近の子どもの名前って。
とまあ、そんなことを常々感じていたのと、元来の昭和好きと、子どもの誕生というタイミングと、いろんな要素が複合的に絡んで1-click購入したのがこの本。『人名用漢字の戦後史』。
毎日のように「読めね~」と飛びツッコミ入れてるワタクシが、個人的に響いたエピソードがこれ。人名用漢字の〈制度維持派〉と〈制度撤廃派〉の対立を収拾しようと乗り出した言語学者・鈴木孝夫氏の30年前の提言です。ちょっと引用が長くなりますが。
「名前の個人的な面、社会的な面を両立させるためには、現在、仮名書きで非常に広く社会的な慣行として認められているあて名とか他人の名の書き方とかの問題をもう少し考えてみて、それに沿った形で名前を処理することによって、事実上は制限がなくても、印刷関係及び官公庁が迷惑を受けることがない、つまり、両方とも得な方法がありはしないか」
鈴木のこの議論は、日本人の名前を考える上で、非常に重要なポイントを突いたものであった。日本人の名前の本体は、いったい、その読み方であるのか、それとも書き方であるのか。もちろん、両者が渾然一体となったところに日本人の名前が存在しているわけであるが、鈴木はそれを大胆にも二つに分け、前者にオフィシャルな役割を、後者にプライベートな役割を与えることによって、制限維持という社会の要請と、制限撤廃という個人の自由とを両立させようとしたのである。
円満字二郎『人名用漢字の戦後史』 p.132~133
卓見、ですな。
当時に比べたら、現在の人名用漢字の数ははるかに多いわけですが、それでも制限があることに変わりはありません。一方で、その〈読み〉については制定当初(1951年)から〈野放し〉の状態が続いてまして、双方の落としどころを探ると鈴木氏の提言も「それ、ええんとちゃう?」とも思えるわけです。
……と思いながら読んでて、気づきました。一つの名前に〈オフィシャルな役割〉と〈プライベートな役割〉を与えてる国があるじゃねえかと。そう、韓国です。
韓国で通常使われる文字は、ご存じのようにハングルです。といって、漢字が使われないのかというとそうでもなく、たとえば道路標識や駅名標では漢字も見受けられたりします(韓国の有力紙『朝鮮日報』も、読みこそ「チョソ(ス)ンイルボ」ですが、題字にはいまだ漢字表記が用いられてますね)。
実は、人名もそんな〈両立表記〉になってます。世代によって当てはまらないケースもあるものの、一人の人が〈ハングル名〉と〈漢字名〉を持っているのが通例。ノ・ムヒョン(노무현)大統領を「盧武鉉」と表記しているのはニュースでもよく見かけますが、ほかにも韓流スターを例に挙げますと
ペ・ヨンジュン(배용준) …… 裴勇俊
チェ・ジウ(최지우) …… 崔志宇
イ・ビョンホン(이병헌) …… 李炳憲
イ・ヨンエ(이영애)…… 李英愛
※UTF-8非対応の環境では文字化けします。ご了承ください。
といった漢字名をみなさんお持ちです。が、日常生活では表音文字(=ハングル)で書き表されたハングル名を使うのが大半。漢字名が顔を出すことはほとんどありません。そのため、自身の漢字名が書けない韓国人も少なくないそうです。
「漢字名が書けなくなる」という点はさておき、同様のシステムを日本でも取り入れたらいかがでしょう。つまり表音文字と表意文字、2種類の文字で一人の人を書き表す、という仕組みを法的に確立しちゃうわけです。名前というのは、誰もが誤解なくスムーズに読めてこそ、その機能をまっとうするのではないかと思うのですが。もっとも、自分の名前が「もりかわ てつし」とか「モリカワ テツシ」として世の中に流通してしまうことに、心理的抵抗がないといえばウソになりますけどね。
これであなたも“牛通”に! 世界の「牛ニュース」(β版)
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よくぞ取り上げてくれました。見てるかバカ親ども!切り口はちょっと違うかもしれませんが、こうゆう愚かな命名する方々は大概が素人(極端な工芸や芸術、表現行為を生業としない一般社会人その他)。素人の言語感覚やセンスや我流で思い入れだけで(しかもコドモの誕生という大昔から繰り返されてるありふれた出来事において、です)自分たちが世界一幸せ者だとうっとりしながら悦に入って知ってる字(あるいは知らない字調べて)総動員して考え出した最高傑作な名前・・・そんなもんが何人から見ても簡潔明瞭で普遍性のある名前のわけがない!のですから、一ときの感動や動揺で分不相応な創作への挑戦はやめてください、と言いたい。へんな名前のコドモ、中学生ぐらいになったらぐれますよ。
posted by: 近所 : Oct 3, 2005 10:07読めん。。。勘で読むしかない。
先生が大変ですね。きっと新学期の前に読み方チェックしなきゃいけない。この子達のテスト時間も短くなるよね。画数多いし。
○○子ちゃん、って最近あんまり見ない。
最近はお寺で名前決めてもらったりとかしないみたいだし。
「夜露死苦」みたいな不思議な当て字とか。一生その名前を語ることになる身になって考えてるのかしら。と思う時が多々あります。
私は小学校一年生の一学期にフルネームが漢字になりました。シンプルすぎて、ちょっと目立つ時期がありました。
名前で親のレベルが見えてきますね。
”無茶苦茶な!”と思う名前についてのサンプルはそのうち事務所にてご披露しましょうか?