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※「なぜにバスケット?」などとツッコミ入れないように~
さて、〈メディアリテラシー教育〉を研究課題の一つとしている弊社。
4月1日付の新聞を読んでいたところ、〈刺さる〉広告が飛び込んできました。

四月一日に語っておきたい、
日本語のこと。
京都精華大学人文学部では、一年生全員を対象に日本語で読む・書く・考える力を鍛えるためのプログラムを実施しています。「日本語リテラシー」という名前をつけて二〇〇五年度から本格的に始まったこの取り組みは、二〇〇六年度、文部科学省の「特色ある大学教育支援プログラム」に採択されました。
朝日新聞 2007年4月1日付
で、その下にサラリと書かれていた告知がこれ。
京都精華大学人文学部[連続講演会]
“日本語の読み書きと大学教育の改革”
4/14 山田ズーニー氏
4/21 藤田英典氏
5/19 重松清氏
「これは行かねば!」と思い、翌朝の食卓で相方に話をふってみる。
「昨日の広告見た?」
「なんの?」
「京都精華大学のやつ」
「見た見た」
「講演会あるんやけど、行かん?」
「いいねえ」
「誰の講演行く? 個人的には山田ズーニーか重松清かなあ」
(↑もはや敬称略)
「重松清って、作家って感じじゃないんだよねえ」
(↑暴言失礼)
「じゃ、山田ズーニーで、ってことで。ワークショップっつうのも面白そうだし」
(↑「じゃ」って何だよ)
ということで、「応募者多数の場合は先着順」との惹句に見事に煽られて、申し込みメールを送ったのでした。
ただ……この広告に、あえてツッコミを入れるとしましたら。
「最近の若者は本を読まない」と言われるようになったのは、もう何年も前のことです。本を読むのが商売であるはずの大学生ですら、「新書一冊読みきれない」というような話が聞かれるようになったのは十数年前。レポートや論述形式の試験の答案の中に、まともな文章ではないものが多くなってきたと言われだしたのも、同じ頃です。
なんてボヤキがあったりするんですけれども
わかい諸君の論文を原稿でよんで、手をいれる役をひきうけることがおおいが、まったく信じられないくらいおそまつな例がいくらでもある。たとえば、行をかえるには、一字さげてかきはじめる、ということさえしらなかったりする。
梅棹忠夫『知的生産の技術』 p.178
と、1969年初版の古典的名著で、すでに指摘されてることだったりするわけで。
因果はめぐるっつうか、リインカーネイションっつうか。
それはともかく、来週末は「春の宴、開幕。」の京都行きでございます。
当日のレポートは、また改めて。
これであなたも“牛通”に! 世界の「牛ニュース」(β版)
私の大好きな重松氏。
でも、作家っぽくないっというのは分かる気がする。
私も最近日本語について敏感なので、
興味が惹かれるないようでした。
あ、福井の予定もうちょっと待ってね。
こんにちは。(覚えておられましたら…)
たまたま拝見しましたらば精華のコトが
出てたもので、思わず投稿した次第です。
精華はいいとこですよ!ぜひおいでください。
ちなみにその後京都市某所にて就職しました。
その節はお世話になりました!